安寧の日記(2/16)無作為


空気時計は思うのです

詩を書くって無作為なのだと

最初の二行くらいが書ければ

あとはパターンの展開なのだと


あの長い長い交響曲だって

モチーフの展開なのだから


まだ横書きの原稿用紙を使っていた時代から

そうだったよ・・・


■陽のあたる坂道(No.745)

ボク 坂道をのぼるんだ
坂道 のぼるくらいは 簡単なことさ

坂道をのぼってね 頂上まで行く必要はないんだ
坂道をのぼってね 位置エネルギーを得るんだ

あとは 坂道で鞠を手放すだけ
あとは 鞠がころがるだけ

一行目が書ければ あとはころがるだけ

自然に とっても 自然に 詩になるんだ
地下工場なんて 意識する必要もない
フル・イドの底も意識する必要もない

一行目が書ければ あとはころがるだけ
自然に とっても 自然に 詩になるんだ


「坂道」に関するアーカイブ

パソコンでもそうだね

ペンがキーボードに変っただけ


著しい場合は詩の題名だけでも

毬はころがり始める


中学生の頃

父の仕事の関係で

心理学の本が沢山あって

その大半を読破しました

その時の知識と理解をもとに

前意識領域を作業場とし

無意識の意識化という

詩の生み方をあみだしました

この手法の欠点は

作為的に詩が書けないし

何が出来上がるのか

コントロールできないことなのです・・・

だから 空気時計の詩は支離滅裂?




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