安寧の日記(6/12)Web


自分自身を映す鏡?
はたしてそうでしょうか。

・・・とのコメをいただき

Webの世界を感じました

現実の会話であれば
「それはなぜですか?」と
尋ねることができるのですが
それを返事のコメとしても
そのコメを見てもらえるかは
確かではないのです

安寧の日記(6/11)鑑にいただいたコメなのですが

私は「ことわざ」の

画像


・・・に近い感じで申し上げたのですが

ただし

人を醜いと思う時

人に対して

そう感じるのであれば

それは自分自身を

映している鏡だと

知るべきである


が適切であるかは意見が分かれるところです


他人を醜いと感じたら
自分はそうならないように
心がけるべきだと表記した方が
伝わりやすいはずですね

外見的に 醜い人を
醜いとだけ思ってしまう自分が
いたとしたら
人は外見だけじゃない・・・と
以前は思っていました

ある程度 その人と接し
人間性を知ることで
人は外見だけじゃないと思えるのですが

やはり 内面は おのずと 外見に出る
これも真実だとも思っています

昨日のブログで使用した文面の全ては
日本酒を心地よく飲み
帰宅する電車の中での走り書き
それを多少 整理したものです

さて さて 私のコメ 見ていただけるかは不明

閲覧ありがとうございます。
鏡に映った自分の姿すら、
本当の自分ではないという考え方もありますね。


この記事へのコメント

  • 十六夜

    意見の食い違いと言うのは、『受け取った』相手によって、
    違う意味合いを持ってしまう事って多いですよね。

    私は、空気時計さんに同意でした。
    色々な事を思い返して、『そうだなぁ』って感じました。
    誰かを醜いと罵る時、そう罵る自分も醜いと思います。

    ブログの場合は、中途半端になりがちなのが難点ですよね;
    2010年06月12日 17:17
  • 空気時計

    十六夜さま
    欠け行く月も、また望月となるように、中途半端もまた一興かと思います。
    2010年06月12日 19:54

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