山頭火の日記(1/11)


十一月十一日 晴、時雨、――初霰、滞在、宿は同前。

山峡は早く暮れて遅く明ける、九時から十一時まで行乞、かなり大きな旅館があるが、こゝは夏さかりの冬がれで、どこにもあまりお客さんはないらしい。
午後は休養、流れにはいつて洗濯する、そしてそれを河原に干す、それまではよかつたが、日和癖でざつとしぐれてきた、私は読書してゐて何も知らなかつたが(谿声がさう/\と響くので)宿の娘さんが、そこまで走つて行つて持つて帰つて下さつたのは、じつさいありがたかつた。
こゝの湯は胃腸病に効験いちじるしいさうなが、それを浴びるよりも飲むのださうな、田舎からの入湯客は一日に五升も六升も飲むさうな、土着の人々も茶の代用としてがぶ/\飲むらしい、私もよく飲んだが、もしこれが酒だつたら! と思ふのも上戸の卑しさからだらう。
今夜は同宿者がある、隣室に支那人三連(マヽ)れ(昨夜は私一人だつた)大人一人子供二人の、例の大道軽業の芸人である、大人は五十才位の、痘痕のある支那人らしい支那人、子供はだいぶ日本化してゐる、草津節をうたつてゐる、私に話しかけては笑ふ。
暮れてから、どしや降りとなつた、初霰が降つたさうな、もう雪がふるだらう、好雪片々別処に落ちず。――
今夜は飲まなかつた、財政難もあるけれど、飲まないでも寝られたほど気分がよかつたのである、それでもよく寝た。
繰り返していふが、こゝは湯もよく宿もよかつた、よい昼でありよい夜であつた(それでも夢を見ることは忘れなかつた!)

 枯草山に夕日がいつぱい
 しぐるゝや人のなさけに涙ぐむ
 山家の客となり落葉ちりこむ
 ずんぶり浸る一日のをはり
・夕しぐれいつまでも牛が鳴いて
 夜半の雨がトタン屋根をたゝいていつた
・しぐるゝや旅の支那さんいつしよに寝てゐる
・支那の子供の軽業も夕寒い
・夜も働らく支那の子供よしぐれるな
 ひとりあたゝまつてひとりねる


―宿は同前。湯ノ平温泉、大分屋
昭和5年の日記。



 一月十一日 曇。

――米がなくなつた、炭もなくなつた、そして口と胃とがある、生きてゐることは辛い。――
さむいな、さびしいな。
今日やうやく賀状のかへしを五六通書いて出した。
昨日今日多少寒さがゆるんだやうで、雪もよひが雪にならないで時雨になつた。
ねむれないので句の推敲をする。
更けて弱震があつた、それも寂しい出来事の一つ。

田舎者には田舎者の句
老人には老人の句
山頭火には山頭火の句

┌素質┐
│年齢┼個性
└環境┘
┌創作的活動
│   量よりも質
└批判、沈潜、表現


こちらは昭和13年の日記
其中庵にて。

この日記の出展は

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底本:「山頭火全集 第八巻」春陽堂書店
   1987(昭和62)年7月25日第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※複数行にかかる中括弧には、けい線素片をあてました。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年10月21日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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昭和七年九月二十日、私は其中庵の主となった。
 私が探し求めていた其中庵は熊本にはなかった、嬉野にも川棚にもなかった。ふる郷のほとりの山裾にあった。茶の木をめぐらし、柿の木にかこまれ、木の葉が散りかけ、虫があつまり、百舌鳥が啼きかける廃屋にあった。
 廃人、廃屋に入る。
 それは最も自然で、最も相応しているではないか。水の流れるような推移ではないか。自然が、御仏が友人を通して指示する生活とはいえなかろうか。


其中庵(ごちゅうあん)は、山頭火が昭和7年9月から昭和13年10月まで暮らした庵です。



底本:「山頭火随筆集」講談社文芸文庫、講談社
   2002(平成14)年7月10日第1刷発行
   2007(平成19)年2月5日第9刷発行
初出:「「三八九」復活第四集」
   1932(昭和7)年12月15日発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2008年5月19日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。


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