山頭火の日記(1/12)


一月十二日 曇、陰欝そのものといつたやうな天候だ。

外は雪、内は酒――憂欝を消すものは、いや、融かすものは何か、酒、入浴、談笑、散歩、等、等、私にあつては。

 雪の葉ぼたんの枯れるのか
 曇り日の重いもの牽きなやむ
・凍テ土をひた走るバスも空つぽ
・雪ふる何も五十銭

夕方から熊本へ出かける(こゝも市内だけれど、感じでは出かけるのだ)、元寛さん馬酔木兄さんに逢ふ、別れて宵々さんを訪ねる、御夫婦で餅よ飯よと歓待して下さる(咄、酒がなかつた、などといふな)、私はこんなに誰もから歓待されていゝのだらうか。


一月十二日

眠れないから考へる、考へるから眠れない、とやかくするうちに朝が来た。
――諸法常示寂滅相――
どうやら晴れさう、そして冬らしく寒らしくなつた。
そばだんご汁をこしらへる、御苦労様、御馳走様。
△とき/″\貧乏になることは、いろ/\の意味に於て悪くない、いつも貧乏では困るけれど。
樹明君が帰宅の途次ちよつと立寄つた、あの夜の経過を聞くまでもなく、※[#「宀/婁」、268-7]れた顔色が万事を雄辯に語つてゐる、私は私の友情が足らなかつたことを恥ぢる、樹明君よ、お互に酒の奴隷はやめませう。
寒い、寒い、何もかもみんな寒い、こんな夜は早くから寝るに限る、ことに昨夜は寝なかつたから。
△私たちの生活は雑草にも及ばないではないか(と草取をしながら私は考へた)見よ、雑草は見すぼらしいけれど、しかもおごらずおそれずに伸びてゆくではないか、私たちはいたづらにイライラしたり、ビクビクしたり、ケチケチしたり、ニヤニヤしたりしてばかりゐるではないか、雑草に恥ぢろ、頭を下げろ。
△恥のない、悔のない生活、ムリのない、ムラのない生活。

 落葉するだけ落葉して濡れてゐる
・よごれものは雨があらつてくれた


一月十二日

いつもより早く、六時のサイレンで起きる。
物忘れ、それは老人の特権かも知れない、私も物忘れしてはひとりで微苦笑する。
餅と酒とを買ふ、餅もうまいし酒もうまい。
酔うた、酔うたよ、二合の酒に。……
夜はさびしい風が吹きだした、風がいかにさびしいものであるかは孤独生活者がよく知つてゐる。

・雑草よこだはりなく私も生きてゐる
・しぐるゝや耕すやだまつて一人
   周二君を小郡駅に見送るプラットホームにて
 窓が人がみんなうごいてさようなら


一月十二日 晴――曇――時雨。

霜晴れの太陽を観よ。
風が出て来た、風を聴け。
しようことなしにポストまで(SOSの場合だ!)、途中一杯ひつかけたが、足らないのでまた一杯、折からの空腹で、ほろりとして戻る(のん気なSOSの場合だね!)。
庵中嚢中無一物、寒いこと寒いこと(床中で痛切に自分の無能無力を感じた、私には生活能力がない、そして生活意慾をもなくしつゝある私である)。


一月十二日 雪、雪、雪。

今日は絶食、それは身心清掃の非常手段ともなる。
或は明るく或は暗く。
雪を踏んで、Hさんを訪ね少々借りる、ありがたう/\。
句集の扉を書いて送ることが出来たのはとてもうれしかつた。
おいしく夕飯を食べて、ゆつくり温泉に浸つた。




今 なぜ 私は山頭火を 取り出してしまったのか?

サラリーマン生活と対偶にある生き方だろうか?

家族がいて 家があって 仕事があって
それら全てを捨て去って 生活は存在しない

したくても できない 生き方だからなのか?


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底本:「山頭火全集 第三巻」春陽堂書店  他
   1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
   1989(平成元)年3月20日第4刷
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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