山頭火の日記(1/14)



昭和6年(1931年)

一月十四日 曇、降りさうで降らない雪模様。しかし、とにかく、炬燵があつて粕汁があつて、そして――。

東京の林君から来信、すぐ返信を書く、お互に年をとりましたね、でもまだ色気がありますね、日暮れて途遠し、そして、さうだ、そしてまだよぼ/\してゐますね。……
先夜の吹雪で吹きとばされた綿入遂に不明、惜しい品でないだけ、それだけ考へさせる。

 雪空、痒いところを掻く
 雪空、いつまでも女の話で(隣室の青年達に)
・雪の日の葱一把
・一把一銭の根深汁です



昭和7年(1932年)

一月十四日 曇、風が寒い、二里歩く、今宿、油屋(中・二五)

もう財布には一銭銅貨が二つしか残つてゐない(もつとも外に五厘銅貨十銭ばかりないこともないが)、今日からは嫌でも応でも本気で一生懸命に行乞しなければならないのである。
午前は姪ノ浜行乞(此地名も珍らしい)午後は生きの松原、青木松原を歩いて今宿まで、そして三時過ぎまで行乞する、このあたりには元寇防塁の趾跡がある、白波が押し寄せて松風が吹くばかり。
途中、長垂寺といふ景勝の立札があつたけれど、拝登しなかつた、山からの酒造用水を飲ませて貰つたがうまかつた、たゞしちつとも酔はなかつた!
俳友に別れ、歓待から去つて、何となく淋しいので、少々焼酎を飲み過ぎたやうだ、酒は三合、焼酎ならば一合以下の掟を守るべきである。
同宿の老遍路さん、しんせつで、ていねいで、昔を思はせるものがあつた。
若い支那行商人、元気がよい、そして始末屋だ、きつと金を貯めるだらう(朝鮮人は日本人に似てゐて、酒を飲んだり喧嘩をしたりするが、支那人は決して無駄費ひしない、時に集つて団子を拵らへて食べ合ふ位だ)。
いかけやさん、とぎやさんと遅くまで話す、無駄話は悪くない(いかけやさん、とぎやさんで飲まないものはない)。
長崎では、家屋敷よりも墓の方が入質価値があるといふ、墓を流したものはないさうな、それだけ長崎人の信心を現はしてゐる。



昭和8年(1933年)

一月十四日

曇、后晴、小雪、――私の心は明朗。
梅花一枝を裏の畑から盗んで来て瓶にした、多過ぎるほど花がついてゐる、これで仏間の春がとゝのふた。
敬治君からうれしい返事が来た、彼の平安が長続きするやうに祈つてやまない。
昼も夜もコツコツと三八九の原稿を書いた、火鉢に火のないのが(木炭がないので)さびしかつた、燗瓶に酒があつたら賑やかすぎるだらう。

・落葉ふんでどこまでも落葉
・雑草もみづりやすらかなけふ
・木枯の身を責めてなく鴉であるか
・冬の夜ふかく煙らしてゐる
・寒うをれば鴉やたらにないて
・けさは雪ふる油虫死んでゐた



昭和10年(1935年)

一月十四日 晴――曇――雨。

うれしいたより、これあるがゆえに私も生きてゆける。
昨夜の食べすぎ飲みすぎで今日一日苦しんだ、やつぱりつゝしむべきは口である。
つゝましく生活せよ、私の幸福はそこにある。



昭和12年(1937年)

一月十四日 晴。

冬、冬をひし/\と感じる。
からだが痛い、火燵であたゝめる。
何もかも無くなつた、命だけはあるが。
無心にして逍遙遊せよ。
午後、Nさん来訪、餅を頂戴する。
読書。
すこしさみしい。




昭和13年(1938年)

一月十四日 晴。

(木炭がないので)焚火しながら、そこはかとなく、とりとめもないことを思ひつゞける、焚火といふものはうれしい。
午後、Nさん久しぶりに来庵、明けてからの第二の来庵者である(第一の訪問者は九日の暮羊君であつた)、焚火をかこんで閑談しばらく、それから連れ立つて近郊を散歩、おとなしく別れた(昨年の新春会合はよくなかつたが)。
夕、S君来訪、樹明君の意を酌んで、――あゝすまない、すまない、義理のつらさには堪へきれない。
夜はねむれないので、おそくまで読書。
今日は愉快な出来事が二つあつた。――
一つは、うたゝ寝の夢に梅花を見たことである、早く梅が咲けばよいと念じてゐたせいでもあらう、夢裏梅花開。
もう一つは、ゆくりなく蕗の薹を見つけたことである(秋田蕗)、日だまりにむくむくとあたまをもたげた蕗の薹のたくましさ、うれしかつた(醤油が買へたら、さつそく佃煮にしよう、そして樹明君を招いて一杯やらう!)。
ふきのとう数句が、ふきのとうそのものゝやうにおのづから作れた。



昭和14年(1939年)

一月十四日 晴。

早起、なか/\冷たい、今年は寒さがきびしい、老人は(マヽ)私は閉口する。
朝湯で昨日の汚濁を洗ひ、朝酒に今日の安楽を味ふ、私にめぐまれた最大の幸福である。
喘息らしく咳き入つて弱つた、弱つたけれど、私は嘆かない。
夜更けて、たうとう雨になつた。



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底本:「山頭火全集 第八巻」春陽堂書店 他
   1987(昭和62)年7月25日第1刷発行
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2009年10月21日作成
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