山頭火の日記(1/15)


■昭和6年(1931年)
一月十五日晴、三寒四温といふがじつさいだ。

少々憂欝である(アルコールが切れたせいか)、憂欝なんか吐き捨てゝしまへ、米と塩と炭とがあるぢやないか。
夕方からまた出かける(やつぱり人間が恋しいのだ!)、馬酔木さんを訪ねてポートワインをよばれる、それから彼女を訪ねる、今夜は珍らしく御気嫌がよろしい、裏でしよんぼり新聞を読んでゐると、地震だ、かなりひどかつたが、地震では関東大震災の卒業生だから驚かない、それがいゝ事かわるい事かは第二の問題として。
けふは家主から前払間代の催促をうけたので、わざ/\出かけたのだつたが、馬酔木さんには何としてもいひだせなかつた、詮方なしに、彼女に申込む、快く最初の無心を聞いてくれた、ありがたかつた、同時にいろ/\相談をうけたが!
彼女のところで、裏のおばさんの御馳走――それは、みんなが、きたないといつて捨てるさうなが――をいたゞく、老婆心切(マヽ)とはおばさんの贈物だらうか、みんなは何といふ罰あたりどもだらう、じつさい、私は憤慨した、奴(マヽ)鳴りつけてやりたいほど興奮した。
今日で、熊本へ戻つてから一ヶ月目だ、あゝこの一ヶ月、私は人に知れない苦悩をなめさせられた、それもよからう、私は幸にして、苦悩の意義を体験してゐるから。

・痛む足なれば陽にあてる
・人のなつかしくて餅のやけるにほひして
・よう寝られた朝の葉ぼたん
雪もよひ雪とならなかつたビルデイング
・何か捨てゝいつた人の寒い影
・そうてまがる建物つめたし
・子のために画いてゐるのは鬼らしい(馬酔木さんに)
・警察署の雪はまだ残つてゐる
・あんなに泣く子の父はゐないのだ


昭和7年(1932年)
一月十五日曇、上り下り七里、赤坂、末松屋(二五・中)

雷山千如寺拝登、九州西国二十九番の霊場。

・山寺の山柿のうれたまゝ

今日は近頃になく労れた、お山でお通夜を阻まれ、前原で宿を断はられ、とう/\こゝまで重い足を曳きずつて来た、来た甲斐はあつた、よい宿だつた、同宿者も好人物だつた、たとへ桶風呂でも湯もあつたし、賄も悪くなかつた、火鉢を囲んで雑談がはづんだ、モンキの話(猿)長虫の話(蛇)等、等の縁起話は面白かつた。
雷山の水もよかつたが、油山には及ばなかつた、この宿の水はよい、岩の中から湧いてくるのださうな。
先日来、御馳走責で腹工合が悪かつたが、アルコールをつゝしみ水を飲み、歩いたので、殆んどよくなつた、健康――肉体の丈夫なのが私には第一だ、まことに『からだ一つ』である、その一つを時々持て余すが。



昭和8年(1933年)
一月十五日

霜、晴れたり曇つたり、寒(カン)らしい冷たさ。
終日、三八九の原稿を書いた、邪念なしに、慾望なしに。
夜はよく寝られた、平凡にして安静、貧乏にして閑寂。



昭和10年(1935年)
一月十五日雨、曇。

終日終夜、読書思索。
深夜の来庵者があつた、酔樹明君とI君、どこへいつても相手にされないのでやつてきたといふわけ、管を巻くことはやめにして寝てもらつた!



昭和12年(1937年)
一月十五日晴。

めつきり白髪がふえてゐるのに驚く。
蟄居十日、断酒五日。
朝は雑煮、昼は無、晩もまた無。
まるで水底にゐるやうだ。



昭和13年(1938年)
一月十五日晴、曇、そして小雨。

めづらしく快晴だつたが、やがてまた曇つた。
――待望の郵便が来ない、私が苦しむのは自業自得だが、樹明君に合せる顔がない、それが切ない。
麦飯のほけり(よい言葉だ)、自分でも呆れるほどの食慾、私の肉体は摩訶不可思議である!
――なんとつゝましく、あまりにつゝましい毎日である!
午後、ぢつとしてはゐられないので歩く、あてもなく歩くのである、さびしいといふよりもかなしい散歩だ(――いかにさびしきものとかは知る、――)、雨が落ちだしたので、濡れて戻る、いよ/\さびしく、さらにかなしく。
出かけたついでに石油を買ふ(ハガキや豆腐や醤油は買へなかつた)、そして十三日ぶりに入浴して不精髯を剃る、湯のあたゝかさで少しは憂欝のかたまりがやはらいだやうである。
もう猫柳が光つてゐる、春の先駆者らしい。
――身を以て俳句する、それはよいとかわるいとかの問題ではない、幸不幸の問題ではない、業だ!カルマだ!どうにもならないものだ!そしてそれが私の宿命だ!
小雨があがつて、良い月夜になつた、私は今夜も睡れない。
――私はしだいに行乞流転時代のおちつきとまじめとをとりかへしつゝある、たとへ後退であつても祝福すべき回復である。
此頃は真宗の報恩講、御灯ふかく鐘の声がこもつて、そこには老弱(マヽ)の善男善女が額づいてゐた。
吉田絃二郎さんの身辺秋風を読んで、その至情にうたれた、よいかな純化されたるセンチ!
純なるものは何でもいつでもうつくしい!

第六句集(幸にして刊行がめぐまれるならば)

孤寒抄の広告文案


┌業やれ/\
└業だな/\



昭和14年(1939年)
一月十五日曇。

また雪らしい、また寒波襲来か。
こだはるな、こだはるなと私はこだはつてゐる、どうにもならない私の性である。
おとなりのお寺は報恩講、さみしいお講だな。
米がある、炭がある、ありがたい、ありがたい、何といつても米と炭と、この二つの菩薩をなくしては生きてゐられない。
午後、敬君来訪、サケサカナ例の如く、こゝろよく酔ふ、同道して山口の或る人を訪ねる、おとなしく用をすませて戻る、めでたし/\/\。

箒草(米大陸の孤萍ともいふべき)
タンブルウエード?


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底本:「山頭火全集第三巻」春陽堂書店
1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
1989(平成元)年3月20日第4刷
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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