山頭火の日記(1/18-1/22)


昭和7年(1932年)行乞記(二)より

一月十八日晴、行程四里(佐賀県)浜崎町、栄屋(二五・中)

霜、あたゝかい日だつた、九時から十一時まで深江行乞、それから、ところ/″\行乞しつゝ、ぶら/\歩く、やうやく肥前に入つた、宿についたのは五時前。
福岡佐賀の県界を越えた時は多少の感慨があつた、そこには波が寄せてゐた、山から水が流れ落ちてゐた、自然そのものに変りはないが、人心には思ひめぐらすものがある。
筑前の海岸は松原つゞきだ、今日も松原のうつくしさを味はつた、文字通りの白砂青松だ。
左は山、右は海、その一筋道を旅人は行く、動き易い心を恥ぢる。
松の切株に腰をかけて一服やつてゐると、女のボテフリがきて『お魚はいりませんか』深切か皮肉か、とにかく旅中の一興だ。
在国寺といふ姓、大入(ダイニウ)といふ地名、そして村の共同風呂もおもしろい。
此宿は悪くないけれど、うるさいところがある、新宿だけにフトンが軽くて軟かで暖かだつた(一枚しかくれないが)。
いつぞや途上で話し合つた若い大黒さんと同宿になつた、世の中は広いやうでも狭い、またどこかで出くわすことだらう、彼には愛すべきものが残つてゐる、彼は浪花節屋(フシヤ)なのだ、同宿者の需めに応じて一席どなつた、芸題はジゴマのお清!
一年ぶりに頭を剃つてさつぱりした、坊主にはやつぱり坊主頭がよい、床屋のおかみさんが、ほんたうに久しぶりに頭を剃りました、あなたの頭は剃りよいといつてくれた。

・波音の県界を跨ぐ

落つればおなじ谷川の水、水の流れるまゝに流れたまへ、かしこ。


一月十九日 曇、行程二里、唐津市、梅屋(三〇・中)

午前中は浜崎町行乞、午後は虹の松原を散歩した、領巾振山は見たゞけで沢山らしかつた、情熱の彼女を想ふ。
唐津といふところは、今年、飯塚と共に市制をしいたのだが、より多く落ちつきを持つてゐるのは城下町だからだらう。
松原の茶店はいゝね、薬罐からは湯気がふいてゐる、娘さんは裁縫してゐる、松風、波音。……
受けとつてはならない一銭をいたゞいたやうに、受けとらなければならない一銭をいたゞかなかつた。
江(マヽ)雲流水、雲のゆく如く水の流れるやうであれ。

・初誕生のよいうんこしたとあたゝめてゐる
・松に腰かけて松を観る
・松風のよい家ではじかれた

此宿はおちついてよろしい、修行者は泊らないらしい、また泊めないらしい、しかし高い割合にはよくない、今夜は少し酔ふほど飲んだ、焼酎一合、酒二合、それで到彼岸だからめでたし/\。
虹の松原はさすがにうつくしいと思つた、私は笠をぬいで、鉄鉢をしまつて、あちらこちら歩きまはつた、そして松――松は梅が孤立的に味はゝれるものに対して群団的に観るべきものだらう――を満喫した。
げにもアルコール大明神の霊験はいやちこだつた、ぐつすり寝て、先日来の不眠をとりかへした。


一月廿日 曇、唐津市街行乞、宿は同前。

九時過ぎから三時頃まで行乞、今日の行乞は気分も所得もよかつた、しみ/″\仏陀の慈蔭を思ふ。
こゝの名物の一つとして松露饅頭といふのがある、名物にうまいものなしといふが、うまさうに見える(食べないから)、そしてその本家とか元祖とかいふのが方々にある。
小鰯を買つて一杯やつた、文字通り一杯だけ、昨夜の今夜だから。

・けふのおひるは水ばかり
・山へ空へ摩訶般若波羅密多心経

晩食後、同宿の鍋屋さんに誘はれて、唐津座へ行く、最初の市議選挙演説会である、私が政談演説といふものを聴いたのは、これが最初だといつてもよからう、何しろ物好きには違ひない、五銭の下足料を払つて十一時過ぎまで謹聴したのだから。


一月廿一日 曇、いよ/\雨が近いことを思はせる。

貯へを持たないルンペンだから、ぢつとしてはゐられない、九時半から三時半まで行乞。
近松寺に参拝した、巣林子に由緒あることはいふまでもない、その墓域がある、記念堂の計画もある、小笠原家の菩提所でもある、また曽呂利新左衛門が築造したといふ舞鶴園がある、こぢんまりとした気持のよいお庭だつた。
今日は市議選挙の日、そして第六十議会解散の日、市街至るところ号外の鈴が響く。
唐津といふ街は狭くて長い街だ。
おいしい夕飯だつた、ヌタがおいしかつた、酒のおいしさは書き添へるまでもあるまい。
この宿はしづかできれいであかるくていゝ、おそくまで読書した、久しぶりにおちついて読んだ訳である。
毎日、彼等から幾度か不快を与へられる、恐らくは私も同時に彼等に不快を与へるのだらう――それは何故か――彼等の生活に矛盾があるやうに、私の生活に矛盾があるからだ、私としては、当面の私としては、供養を受ける資格なくして供養を受ける、――これが第一の矛盾だ!――酒は涙か溜息か、――たしかに溜息だよ。


一月廿二日 晴、あたゝかい、行程一里、佐志、浜屋(二五・上)

誰もが予想した雨が青空となつた、とにかくお天気ならば世間師は助かる、同宿のお誓願寺さんと別れて南無観世音菩薩。……
こゝで泊る、唐津市外、松浦潟の一部である、このつぎは唐房――此地名は意味ふかい――それから、湊へ、呼子町へ、可(マヽ)部町へ、名護屋へ。
唐津行乞のついでに、浄泰寺の安田作兵衛を弔ふ、感じはよろしくない、坊主の堕落だ。
唐津局で留置の郵便物をうけとる、緑平老、酒壺洞君の厚情に感激する、私は――旅の山頭火は――友情によつて、友情のみによつて生きてゐる。
行乞流転してゐるうちに、よく普及してゐるのは、いひかへれば、よく行きわたつてゐるのは、――自転車、ゴム靴(地下足袋をふくむ)そして新聞紙、新聞紙の努力はすばらしい。
松浦潟の一角で泊つた、そして見て歩いた、悪くはないが、何だかうるさい。
此宿はよい、私が旅人としての第六感もずゐぶん鋭くなつたらしい、行乞六感!
よい宿だと喜んでゐたら、妙な男が飛び込んで来て、折角の気分をメチヤ/\にしてしまつた、あんまりうるさいから奴(マヽ)鳴つてやつたら、だいぶおとなしくなつた。
緑平老の肝入、井師の深切、俳友諸君の厚情によつて、山頭火第一句集が出来上るらしい、それによつて山頭火も立願寺あたりに草庵を結ぶことが出来るだらう、そして行乞によつて米代を、三八九によつて酒代を与へられるだらう、山頭火よ、お前は句に生きるより外ない男だ、句を離れてお前は存在しないのだ!
昨夜はわざと飲み過した、焼酎一杯が特にこたへた、そしてぐつすり寝ることが出来た、私のやうな旅人に睡眠不足は命取りだ、アルコールはカルモチンよりも利く。





-----------------------------------------------------------------------------底本:「山頭火全集第三巻」春陽堂書店
1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
1989(平成元)年3月20日第4刷
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
2010年11月8日修正
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