詩は日常であるか


詩があまり書けない時には
「詩」そのものについて考えている。

「意識」というものがあって
「無意識」というものがある。

広い意味での「意識」=狭い意味での「意識」+「無意識」
・・・と考えている。

「意識」と「無意識」の境界は?

この境界は日々刻々と変化する。

私は海に浮かぶ氷山の例えて考えている。

波に揺られて氷山は水面上に出ている領域が変化する。
「水面上に出ている領域」=「意識」
「水面下の氷山」=「無意識」

それで氷山を三領域に分けてみると
(1)常時水面上の領域
(2)常時水面下の領域
(3)水面下であったり、水面上であったりする領域

(3)の領域を「前意識」と考えている。

(1)を日常と位置づけ
(2)を非日常と位置づけると
(3)は両方にまたがるものとなる。

意識だけで詩を書いているのか?
無意識も姿を晒していると考えるのが妥当だろう。

もしかして 日常でも非日常でもある領域
もしかして 意識でも無意識でもある領域
「前意識」を仲介して詩は書かれるのではないか?

この仮説に基づいて詩を書いています。

詩人の名前は忘れましたが
「詩の地下工場」を提起した詩人がいる。

「詩の地下工場」=「前意識」と考えている。



■Underground factory of poetry

イドから汲み上げ過ぎて
枯渇したのか
ポンプが故障したのか
呼び水が必要なのか

地下工場が機能しない
昨日も今日も演繹しない
無尽蔵の素材 単純な工程
延々と作り出されるはずだった

画一的大量に作るのが
得意の工場
消費者は在来に飽きたのだ
たった一人の消費者だけど

何かと何かを結合すること
そこから始まり
他の何かも結合すること
多元的結合に至り

多元的複合となり
無尽蔵の素材
単純な工程
断片は生まれる

断片と断片を結合
他の断片を結合
結合から複合へ
また 断片が生まれる

意識された日常
その底に沈殿する日常
素材となる日常
分解する日常

意識から不意識へと
混沌となる日常
意識に問われ
混沌から素材となる日常

無尽蔵の素材
結合する複合する
二元から多元へ
多元的複合する素材

詩は日常であるか


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