コメント



詩のブログを拝見しては
コメントを書き込んでばかりで
自分では詩を書かない日々が
続いていますね。

そんなコメントのみを
また集めてみました。


「風が終わる村」の本質は
「風の始まる村」ではないかと思えてきます。
それが自然のツジツマというもの。
風が吹かなくて手にした風車を
つまらなそうに見つめている少年に、
優しく何かを教えてあげてください。


少年が自ら学ぶもの…
風がなければ、自分が風になればいい。
自分も始まりの風となれること。
そして何時かは風を終わらせること。
何より何度でも風をおこせること。


日本語の不思議。
「一所懸命」
(賜った一箇所の領地を命に懸けて生活の頼みにする)が、
「一生懸命」に変わってしまうこと。
犬は人になつき、ネコは場所になつくと思います。
ネコは一所懸命なのですね。



合鍵(愛鍵)ですね。錠(情)次第になりますね。

空気時計が鍵をモチーフに詩を書くと、
暗い世界になってしまいます。
http://jinojin.at.webry.info/200407/article_61.html
鍵を渡すことで相手を安心させながら、
もっと心の奥底に自分だけの部屋をつくってしまいます。



「虹」「蛇」「蛤」とか虫でないものが、
なぜ虫偏なのか?
日本語(中国語)の不思議です。
虹の向こう側にある
ちょっと素敵な世界を感じさせる作品ですね。



自己の一部との決別。
会社から家路への道すがら、
捨てるしがらみ。
家庭へは持ち込まぬ社会の垢。
そんな感じでしょうか。


・・・「○○的」は脚韻で使用した方がよかったかな?
素敵・霧笛・指摘などなどと組み合わせてラップ風とか。
声に出して読んでみたらと思いました。



水面(みなも)の波間に映る
幾千もの太陽
あなたの人生にちりばめられた
素敵なことのように

そう願いながら



人に○○されたら
この人
自分を映している鏡だと思う。



雨が降る。雨水は低きにのみ流れる。
そう思い込んだ時、
なぜ雨が降ったのかを見失う。
雨水は低きにのみ流れない。
天空へと向かい降る雨が見えてくる。
そんな営みが見えてくる。



相も変わらず
我田引水的コメントばかりで。


【最近の素朴な疑問】
通常の物質は
液体から凝固し
固体になると体積が減少するのに
「水」は逆に体積が増えるのは何故?

もし体積が増えなければ
人体の冷凍保存が
もうすこし容易になるのに。

細胞中の水分が氷となり
体積が増えるので
細胞膜を破壊するので
蘇生を困難にしている。

水は約4℃で一番体積が最小になる。
でもそれは気圧が一気圧である場合。
もっと高い気圧であれば
常温でも水は氷となるし
1万気圧とか可能であれば
氷の体積が増えないことも
あるのでは?


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