安寧の日記(4/19)理由(わけ)


先日
ブログ等のコメントで
こう尋ねられました。

空気時計さんにとって「書く」ことは、どういう意味がありますか? 漠然とした問いでごめんなさい。 私自身も書く事がとても大事で、書く事で自分の整理をしている所があるのですが、それはあくまでも、ノンフィクションなので、創作をする人の気持ちを聞いて見たい気がしています。 差し支えなければ、お仕事でもなく、『書く』ことを続けている意味を教えていただければ幸いです。


こう答えました。

なぜ書くのか? 詩は書くのでなく生まれるものだと思っています。生まれたから公開する。誰だって自分の子どもを家に閉じ込めて他人に一切会わせないなんてしないように、自分の子どもをたくさんの方々に「可愛い」と言ってもらいたいように。
 「書くこと」の源流は、小学校六年間の日記にあるのではないかと推察されます。中一までは日記を書いていた記憶がありますが、中二では書いていた記憶がありません。そこに生じた「書くこと」の空白を埋めるように、詩を書き始めたと思えます。14歳から25歳まで699編の詩を書き、筆を折りました。(・・・)二十数年たって、また詩を書き始めました。堰を切ったように詩を書きまくりそれがブログとなりました。「空気時計を見詰めながら」砂時計が時を刻む、しかし人には見えない空気が下層から上層へと移動することなしに時は刻めない。見えないからといって見落としてはならない何かを大切にしたいという思いがコンセプトです。



大学で文学の講義をされている方からの質問だったので
真剣に考えてみたのですが
いい回答になったかは疑問です。

もしかして
「なぜ呼吸するのか?」という
質問に近いと思います。

空気時計の詩が「創作」と呼べるのかも
疑問ではあります。



以下 参照

詩は日常であるか
安寧の日記(5/4)It thinks calmly now―2
詩の書き方

詩はカオスともいえる
無意識の世界にあるものを
前意識を通じて意識化することで
生まれるというのが
空気時計の持論です。



意識と無意識
波間に見え隠れ
意識でもなく
無意識でもなく

前意識と呼んでいる
水面付近の工場
工場長は指示する
意識のオーダーを

底に沈殿しているカオスをコスモスへ
二元的結合を多元的結合へ
多元的結合を多元的複合へ
言葉をつむぎ行間をつくる

それでも沈んでいる
それでも黙っている
残されたカオス
潰え去るコスモス


潜望鏡深度


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