安寧の日記(8/20)コメント



8月はあまり詩を書かず過ごしています。

人様の詩のブログにコメントをしたりして過ごしています。

人様の詩にコメントすると一層詩が書けなくなります。

・・・自分のことは棚に上げて 人様にコメント・・・

こんばんは。う~ん、難解。帰り道を隔てた―防波堤。防波堤があって、波がこないはずなのに、おきてしまった波? (恋心)「ビーチパラソルの下で生まれた恋」は日向の恋なのか、日陰の恋なのか? 砂上の楼閣は、壊れやすいものの表現なのでしょうね。ごめんなさい、ぴんときません。「ひとつの夏」ときたら、「ふたつの〇〇」と象徴的に「結」としてほしかったですね。


こんばんは。水面を鏡として、そこに投影される自分自身を感じます。否定し切れぬ自分自身、かといって完全なる肯定を得られぬままに、過ごす日々。自己愛とその反作用のせめぎ合い。「僕」と「青い魚」のアウフヘーベンはいつの日か。

アウフヘーベンって、弁証法みたいです。命題(テーゼ)、反命題(アンチテーゼ)を高次で合一することみたい。パンが食べたい(テーゼ)、カレーライスを食べたい(アンチテーゼ)→カレーパンを食べる(アウフヘーベン)みたいな感じです。



こんにちは。セミは雄だけが鳴きます。メスは声も出せずに泣いている。そんな雰囲気もほしかったような気がします。やはり、行を空けるという手法を取り入れたほうが、よろしいかと推察いたします。行を空けたら、次にその手法に合った言葉の省略もおのずとできるでしょうし、文字だけでなく行間を表現できるようになると思います。


こんにちは。砂時計は、砂だけが時を刻んでいるわけではなくて、落下する砂の隙間を空気が上昇することによって、刻まれています。そんな意味で砂時計は「空気時計」なのです。横倒しになった砂時計、見えないけれど空気は移ろい続けていますね。


こんにちは。花は咲くだけでなく、枯れ、結実してこその花かと思います。咲くことのみに固執すると明日はないかも?



コメント先の詩は省略しますが
このコメントだけでも
まさに我田引水。

感じたままに
多少オブラートを施しながら
控えめに表記したつもりですが。

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