安寧の日記(8/27) 墓穴と地雷

ボクは もしかして 親切なのです

自分から墓穴を掘るのも
自ら地雷を踏んで見せるのも

ボクは もしかして 親切なのです

なぜ そこに墓穴が掘れるのでしょう
なぜ そこに地雷があると知っているのでしょう

それは 自分で仕掛けたものだから
それは 無意識に仕掛けたものだから

とにかくね、僕にはね、広いライ麦畑かなんかがあってさ、
そこで小さな子供達が、みんなでゲームをしているところが目に見えるんだよ。
何千っていう子供たちがいるんだ。そしてあたりには誰もいない。
誰もって大人はだよ。僕のほかにはね。
で、僕はあぶない崖のふちに立っているんだ。
僕の仕事はね、誰でも崖から落ちそうになったら、
その子をつかまえることなんだ。
ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。 


なぜ ボクが詩を「悪魔の業」と呼ぶのか
なぜ ボクが筆を折らなければならなかったのか

ボクは 沈黙こそが詩の究極の表現と仮説したのです
そして 沈黙とは 表現しようとして 表現し尽くそうとして
それでも 表現し得ぬところにあると 二重仮説したのです

表現しようとすればするほど
表現し尽くそうとすればするほど
自分の邪悪さを 露呈してしまうのです

露呈と言っても 巧妙な露呈なのです
それは計算された露呈ではないから
意識して意図して行われたものでないから

誰がそんな見え透いた罠にひっかかるものか
そう思ってはいけないのです

見え透いた罠の先に本当の罠がある
ブービートラップの鉄則ではありませんか

ボクは 時々 そんなトラップに気付いてしまうのです
そんな時は 見え透いた自分の罠にはまるのです

でも 自分でも見落とした罠もありますよ
自分で はまってしまうこともありますよ

無様だけど それが表現したものの 責任なんです

・・・と表現しつつ 無作為の作為を 繰り返すのです

やはり また 墓穴を掘ってしまったのですね
やはり また 地雷を踏んでしまったのですね

無様だけど それが表現したものの 責任なんです
無様だけど それが表現したものの 責任なんです

ライ麦畑の捕手になりたい






ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック