安寧の日記(9/12)

 もう 20年以上前のこと。所属するクラブの発表会の台本づくりで、「智恵子抄」関連の書籍を、十数冊読んだ。高村から智恵子への個人的表現が、やがて万人に普遍した。
 「智恵子抄」は、美しくも悲しい愛の詩集である。智恵子を狂気へといざなった、様々な原因の中で女性の生き方が、あまりにも限定的過ぎた時代背景があった。

http://jinojin.at.webry.info/200408/article_99.html

 青鞜 創刊号 表紙絵を書いたのは、智恵子である。女性解放の先駆者である。その智恵子が、デカダンスから目覚めた高村の仕事を充実させようと、自らの芸術表現を犠牲にしたのは、愛あればこその行為である。ただ、それが智恵子を狂気へといざなった原因のひとつであったことは、否定できない。

 表現は自由。その表現に対する反応も自由。「智恵子抄」を、どう評価するも自由。私には、青春の一ページとして、重要なキーワードとなっている。
 
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この記事へのコメント

ぽっぽちゃん
2004年09月12日 06:02
おはようございます。はじめまして、私は、高村光太郎の詩大好きです。詩Г夏書十題」の、Г死ねば死にきり 自然は水際立っている」の一節が、特に好きです。
空気時計
2004年09月12日 15:55
ぽっぽちゃん コメントありがとうございます。早起きですね。この20年間、詩については眠っていたも同然で、光太郎の詩集を倉庫の2階へ探しに行きました。20年以上も眠っていた文庫本の詩集―古今東西。まだまだ、箱がありそう。

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