Archive:パンドラ月間 


25歳(No.699)

でも 一度見た雲形が
もう 二度と見れないにしても
一日中 雲を
眺めるわけにもいかないよ

過ちがると書いて「かこ」と読む
あの日 君の涙 海の味がした
あの日 君の頬 海の味がした
あの日 君の瞼 震えていたね

ごめんね・・・信じきれない
横顔の君・・・頬に一筋の雨
もう一筋の雨を信じたいのに
あの日 信じきれなかった

でも 一度見た雲が
もう 二度と見れないにしても
一日中 雲を
眺めるわけにもいかないよ

僕は塩(サラリー)を得る為に駅の雑踏に立った

――――――――――――――――――――――――――――

1984年 4月・・・
入社2年目 外勤から内勤へ異動
「お前 ここで駄目だったら もう いく所ないよ。」と、
同輩は言い
「先輩 もう 釣堀は駄目よ。」と、学生時代の後輩に言われ

とにかく それらの原因となった
699作品の詩と制作ノートを
パンドラの箱に封印したんだ

とにかく ボクは もがいたんだ
気付いた時には もう
詩が書けなくなっていたよ

5年後 外勤に戻ったよ
その3年後 結婚したよ
ボクの心を安寧にしてくれる人とね
「安寧の日記」が続いているよ
ずっと ずっと 続くよ

でもね・・・本当は 1年に 1ヶ月間だけ
ボク 6月2日生まれだから 5月2日から 誕生日までの間
パンドラの箱を開けるんだ

「やあ おとうさん お久しぶり。」
ボクの可愛い699人の子供たちがほほえむんだ

2004年・・・
そんな こんなで 20年目
些細な事件 帯状疱疹になってしまったよ
それも パンドラ月間に

結局 疱疹が消えて 痛みがおさまって
抗体ができたのを確認できたのは
6月9日・・・そう

ボクは パンドラの箱を閉め忘れたんだ

いろんな子供がいるよ
いたずら好き
なぞなぞ小僧
メルヘンボーイ
麦畑の少年
あれっ?

そうなんだよ 子供だ子供だと
思っていたら
みんな十歳すぎに なっていたんだね
もう 親元を離れて いい歳だったんだ

病気したお陰で いろんなことに 気付いたよ
また あの職場に戻っているよ
でも 砂時計 反転したから
また 書けるようになったよ

・・ということで
子供たちを よろしくお願いします

ボクは また 子作りに はげんでいるよ

――――――――――――――――――――――――――――

さて、699編の子供たちも公開できる範囲は公開しました。
パンドラの月間 20周年祝賀記念 ブログ「空気時計を見詰めながら」も
あとは、新作でということで、ペースダウンしそうです。

収穫としては、20年前に筆を折る直接的原因となった
詩を制作する間は、物狂い状態であった問題点も
なんとか克服する方法を確立できたこと。

6月は悲惨でした。自分の気持ちを自分で、もてあそぶし
旧作の編集作業で、過去のあやまちを思い出し、落ち込むし
「業務上加筆致詩」も多少あったし
帯状疱疹の後遺症もあったし・・・
まわりの方々に迷惑をかけてしまいました。
この場で何ですが、お詫びいたします。
どうも すいませんでした。

詩を制作する方法を変えました
20年前は、一気に書き上げていましたが
最近は、断片をいくつも制作し
それを部品として 構成する方式にしました。

この20年間は 自分の詩の編集者としてのみ
詩に携わってきたので 新品の部品をつくることにしたのです
これで 物狂いの状態は 殆ど緩和されました。

もう ひとつの収穫は
エピローグを書けずにいた
詩集と「大牟田線と地下喫茶」のエピローグが書けたこと

モデルとなった方が亡くなられたもので
風見鶏
君の名は
この2作品中で 
●俺は鳴けない風見鶏/星になった あの人に/夜露の涙をこぼします
●ひとりで あの娘の名を呼べば/引き金 しぼる音がする
と、予言的内容となっていたことに気付き
エピローグを制作する間は 物狂い状態の極地でした

最後に ブログ上において コメントをいただき
また 私が詩を書き始めた頃の素直さ以上の詩にも出会い
かなり救われました ありがとうございまし

―――――――――――――――――――――

1991年(平成3年)6月に結婚をひかえていた私は、今度こそ、詩をかくことから完全に縁をきってしまおうと、思いました。そうすることが、社会的生活を営むための責任だと思ったのです。
 詩を書くときの私は、そのためになら何でも犠牲にしてしまう傾向があり、入社2年目にはとうとう筆を折ったのです。過去の作品の編集だけは、続けましたが、新作は作らずにいたのです。
 でも、結婚前にせめて一冊だけでも詩集を作っておこうと思い、過去の作品からフレーズを抜き出し、編集して詩集「空気時計を見詰めながら」を作成したわけです。
 結婚後は、過去の作品、制作ノートと詩集「空気時計を見詰めながら」を、箱におさめ「パンドラの箱」として、封しました。
(パンドラ月間では、http://jinojin.at.webry.info/200407/article_43.html 一年に1ヶ月間だけ、パンドラの箱を開けると書きま
したが、それは心の中だけのこと。結婚を決意した理由に由来する話となりますが、ここでは割愛いたします。)
 以後、12年間は、本当に封印してました。

何年前かの新年会でのこと。酔いもあって、昔の悪い癖が出てしまいました。
 「あなたの一番好きな言葉は何ですか?」と、尋ねてしまったのです。
 これって、詩集を作成するいつもの第一段階なのです。幸い、具体的言葉は、得られなかったので、未遂に終わったのですが。

 平成15年、部屋を整理していた私は、一冊のクリアファイルを発見しました。詩集「空気時計を見詰めながら」の底原稿だったのです。ただし、13年前に詩集「空気時計を見詰めながら」を作成したことは、全く記憶していなかったのです。私は、また詩集を編集し始めてしまったのです。

平成16年4月、新年度になった途端に、生まれつきの奇形 先天性耳ろう孔が炎症を起こしたことからはじまり、帯状疱疹体内に潜伏していた水疱瘡菌のいたずら)と、自分が、かかえてきたものに、その存在を主張されたのです。

 今、思えばデジャ‐ビュ でした。数年前に筆を折った当時の職場に戻り、その時の印象に残る同僚が、4月の異動でそろってしまったのです。感覚としては、いつの点かに、神の見えざる手が、私の人生の砂時計を反転させていて、反転した勢いで砂は入り混じってしまい、以前の体験が再現されいることに、気付いたのです。(おそらくは、私が詩集を贈った最初の女性が自殺してしまったことを知った時点で、神の見えざる手が、私の人生の砂時計を反転したと思えます。)

そんなある日、帯状疱疹の後遺症の痛みをかかえ、帰宅の中、駅を降り立った私の背中に悪寒がザザザと走りました。25年前、あの人に贈った詩集に、私はこともあろうに、あの人の死を予言し、それが自殺であることも・・・書いてしまっていたことに、気付いたのです。
 帰宅後、パンドラの箱を開け、その詩集で確認しました。(詩集自体は、感想をかいてもらい、私の手元にあったのです。)
 私は、この詩集のエピローグを書いていない。そして、あの人をモデルにした「大牟田線と地下喫茶」のエピローグも。私は、それを書かない限り、後悔し続けるに違いない。
 だが、すでに亡くなった人に対して、どうやって詩を書けばいいんだ。思い出だけで、書けるはずがないじゃないか。私は、あの人に対して、佇んでいただけなのだから。

 悪魔が囁いたのです。その状況で詩を書く方法を。詩を書くときの私は、そのためになら何でも犠牲にしてしまう・・・森田童子の復刻CDで声を、姿は・・・と画策する私。

その過程は、このプログで公開した作品です。せめて、懺悔をと思い、これを記します。


そうしてこうして 暗い夜
年も忘れた 今日のこと
街にゆらゆら 灯りつき
みんな祈りを する時に
ざんげの値打ちもないけれど
私は話して みたかった
北原ミレイ
「ざんげの値打ちもない」


―――――――――――――

パンドラの箱に眠っていた一冊のタウン情報誌に手紙を添えて発送。
あの人の実家がある港町の特集。昭和61年発行。
ダスティン・ホフマンになれなかったよ」(大塚 博堂)を聴く。

花嫁を奪って逃げる ラストシーン・・・
ふたりは バスに飛び乗る。
ふたりは、最後部の座席に並んで座る。
そして、彼は前をじっと見る。
その眼差しには、これからの二人の未来を
じっと見据える、真剣さがあった

ボクは ダスティン・ホフマンになれなかったけれど
ジェームス・ディーンにもなれなかったけれど
今を 生きているよ 博堂

――――――――――――――――――――――――

また 沈黙がやって来るのかな?

不思議だね 4月からずっと
本当に 見えざる手が 砂時計を反転したみたいに

先天性耳瘻孔化膿症 30年ぶりの激痛から始まり
帯状疱疹・・・罹患した記憶もない水疱瘡菌の悪戯
痛みの連続で 神経はガタガタ

精神状態も不安定になり はじめたブログ
閉め忘れたパンドラの箱 箱の中の子供たち
小出しにしながら 過去たちと出会う日々

トランプにもなれずに レクイエムを記し
それが 20年ぶりの新作となった
まだ トラプの枚数も 生きていないね

トランプにもなれずにいた私が
スペードでも ハートでも ダイヤでもない
クローバーに出会ったのも 不思議

そうこうしながら もう60編以上も新作が生まれた
そうこうしながら やはり不安がつきまとう

また 沈黙がやて来るのかな?
もう 沈黙がやって来るのかな?

それとも 見えざる手が反転した この砂時計
反転した拍子に 砂が入れ混じってしまったから

もっと 穏やかに 均等に 表現していられるのかな
もっと 大らかに 素直に 表現していられるのかな

これにも 答えは出ない

――――――――――――――

仕事。結局、土曜日の振休だけで盆休なし。眼精疲労ピーク。

TVドラマ「新・海峡物語」藤圭子が歌ったのは、「螢火」?

ここで ここで 西東
たった一度の思い出があれば
私は一生 生きてゆける

明日 「パンドラの箱」を
もとの天袋に戻そうと思います

10年分の思い出と 20年分の空白と
そして 長過ぎたパンドラ月間の顛末と
幾許かの指示名詞を 格納しておきたいのです

新しい何かを 生み出すために

不思議なものです 昨日
封印のキーがそろったばかりなのに
そのこと自体が 
次の封印のキーだったのですから

―――――――――――――――――――――

季節のせいか、冷淡なほど心静かだ。長すぎた「パンドラ月間」の喧騒がウソみたいに。

人は 誰しも 
Trauma-n だから
心傷つき人 だから

生きているのだもの
傷つくこともあれば
傷つけることもある

何気ない ひとことも
沈黙ですら そうなる

苦い旋律の上に
どんな言葉を重ねようとも
癒しには ならないさ

でもね 傷をよけながら
表現は できないよ

まるで 地雷のように
まるで 墓穴のように
待ちうけて いるからね

――――――――――――――――――

自分の心の中 
ほんのり明るいものを頼りに
この数ヶ月 詩?を書いてきた

ほんのり明るいもの
満ち欠けもしない
干満もない 凪もない

ほんのり明るいもの
下手くそな恋がつまった
パンドラの箱の 最後にあるもの

それは 希望や野望でなくて
希望と野望が 災いを生む?
人間が本来 持っているもの
生きる本能みたいなもの

鼓動のように 一定のリズムを刻み
呼吸のように 私を生かし続けるもの
それでいて 私の社会生活を阻害したもの
両立できなかったもの

これから 私は その両方を携え
二十年ぶりに 挑戦する
鬼魅(きみ)は降伏すべし
陰陽は和合すべし・・・と

――――――――――――――――――――――――

君は ボクのこと 知りすぎてるよ
さすがだね そうだよ あたりだよ

そして ボクが そうしなかったわけも
君には お見通し 二十数年過ぎた今も

いつかは また 書かずにはいられなくなる
そのきっかけ 対象すらも 君にはお見通し

見事だったよ サブミニナル効果だね
シティ情報誌 パンドラの箱の忘れ物

まさか 入社20周年の表彰に
すべて 集約されていたなんて

発動したんだね 君の筋書き通り

そうさ 書かずにはいられなくなって
そうさ 突然に 書かなくなる・・・

本当は 作品No.800だったさ
本当は 立秋までの予定だったさ

電話一本で 覆った予定
電話一本で 覆った決心

理解ったよ そうするよ
あのときと 同じように

――――――――――――――――――

今年は 兄弟が増えるね
一度に 300人もね

一年に一定期間だけ
パンドラの箱を開ける

去年は 病気で
閉め忘れたけれど

そのおかげで
このブログはあるんだ

本当は 箱を閉めた時点で
終わるつもりだった このブログ

続ける機会を与えてくれた
君に感謝

――――――――――――――――――――――――――――

去年は病気でしくじったので今年は早めに格納。
プリントアウトした数百枚のA4用紙、二穴パンチでファイリング。
20年ぶりの復活は、アナログデータからデジタルデータに。
パンドラの箱も、意味がなくなってきたみたい。
いっそデータベースにでも格納しようかと。

Acrobatでサイトごと落とし込んだから、プリントアウトの必要もないみたい。

RSS (RDF Site Summary) を利用すれば、ブログの更新内容も読めるし、便利な世の中になったものですね。
(本当は迷惑メールに嫌気がさしてメールソフトを変えたおかげですが)

――――――――――――――――――――

気持ちが冷めたんじゃないんだ
理解って下さい
あなたに出会った時から
ボクの気持ちに変わりはないのです

何度も 何度も
一輪の花 野辺に咲きたるままに
手折りもせずに 愛でん・・・と
ボクは 表記してきたばずです

2003年7月26日
ボクは永年の悪習を打破して
禁煙を開始したわけです
何度かの挫折の果てに

聖人みたいな生を
送ってみたわけです
無理したわけでもなく
自然とそうなったから

酒もお付き合い程度
賭け事も殆どせずに
自然に過ごしていたのです
ごくごく自然に

2004年5月
いつものように
「パンドラ月間」は
開始されるはずだった

帯状疱疹などという
かつての抗体があるはずの
そう あなたに対しても
一種の病気の再発

水疱瘡の抗体は
なんとか形成したけれど
あなたに対するおもいの免疫は
なかなか形成できなかったのです
どうしようもなくなって

お付き合いの酒の席で
とうとう煙草に手を出し
聖生活は破綻したのです

それからのことは
ともかくとして
やっと抗体が
できたのです

気持ちが冷めたんじゃないんだ
理解って下さい
あなたに出会った時から
ボクの気持ちに変わりはないのです

―――――――――――――――――

 パンドラ月間終了!

今年は 例年どおり
もの静かに過ごせた

・・・というよりは
去年が異常だっただけのこと

絡みあった糸を
一本一本 解きほぐしながら
この十数年を いや 二十数年を
駆け足でデジャ・ヴュしたみたいな気がする

そもそも 詩集「空気時計を見詰めながら」を
二十編のも満たない詩集を
十年以上もかけて 編集したこと自体
その目的 意図さえも
忘却の彼方になってしまった

一体 誰に送るための詩集だったのか
自分自身のために編集したものだったのか
その目的 意図さえも
忘却の彼方になってしまった

本当の形式は2歳、23歳・・・という題名が
32歳まで連なるものに
プロローグとエピローグがあるもの

このブログでは
その題名を使用せず
一般的な題名に置き換えた

それにともない
時系列も入れ替えれ
本当のストーリーは不明のものとなった

1.プロローグ(天空の砂時計)
2.白きものよ 序章
3.白きものよ
4.白砂の砂時計
5.エピローグ

この五編だけが、このブログでは
詩集「空気時計を見詰めながら」としているが
残りの十数作は それ以後のブログにちりばめた
とにかくパンドラ月間 終了!

――――――――――――――――――――――――――――

今年の「パンドラ月間」は
しめやかに開始され
しめやかに終了

箱の中に仕舞うべきもの
箱の中から出してしまうもの
整理しながら

幾許かの喜び
幾許かの喪失感

――――――――――――――――――――――



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