智恵子抄






あどけない話

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。
智恵子は遠くを見ながら言ふ。
阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。


昭和三・五





底本:「智恵子抄」新潮文庫、新潮社
   1956(昭和31)年7月15日発行
   1967(昭和42)年12月15日改版
   1984(昭和59)年 12月15日79刷
※詩歌の天は、底本では、散文の二字分下に設定してあります。
入力:たきがは、門田裕志
校正:松永正敏
2006年12月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。



学生時代に所属していたサークルの大会のため
脚本を書いたことがる
「智恵子抄」をテーマに選び
8冊ほど関連の本を熟読した

様々な文献から
「個人」から「個人」への表現が
万人に普遍することの素晴らしさを知った

今しづかに振りかへつて彼女の上を考へて見ると、その一生を要約すれば、まづ東北地方福島県二本松町の近在、漆原といふ所の酒造り長沼家に長女として明治十九年に生れ、土地の高女を卒業してから東京目白の日本女子大学校家政科に入学、寮生活をつづけてゐるうちに洋画に興味を持ち始め、女子大学卒業後、郷里の父母の同意を辛うじて得て東京に留(とど)まり、太平洋絵画研究所に通学して油絵を学び、当時の新興画家であつた中村彜(つね)、斎藤与里治、津田青楓(せいふう)の諸氏に出入して其の影響をうけ、又一方、其頃平塚雷鳥女史等の提起した女子思想運動にも加はり、雑誌「青鞜(せいとう)」の表紙画などを画いたりした。

画像



  レモン哀歌

そんなにもあなたはレモンを待つてゐた
かなしく白くあかるい死の床で
わたしの手からとつた一つのレモンを
あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
トパアズいろの香気が立つ
その数滴の天のものなるレモンの汁は
ぱつとあなたの意識を正常にした
あなたの青く澄んだ眼がかすかに笑ふ
わたしの手を握るあなたの力の健康さよ
あなたの咽喉(のど)に嵐はあるが
かういふ命の瀬戸ぎはに
智恵子はもとの智恵子となり
生涯の愛を一瞬にかたむけた
それからひと時
昔山巓(さんてん)でしたやうな深呼吸を一つして
あなたの機関はそれなり止まつた
写真の前に挿した桜の花かげに
すずしく光るレモンを今日も置かう


昭和一四・二





智恵子抄/詩人の恋
(株)カメラータ・トウキョウ
シピリ(アントニー) 永田峰雄

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