山頭火の日記(1/13)



昭和7年(1932年)

一月十三日 曇つて寒かつた、霙、姪ノ浜、熊本屋(二五・中)

東油山観世音寺(九州西国第三十番)拝登。

・けふは霰にたたかれて

今日は行乞は殆んど出来なかつた、近道を教へられて、それがために却つて遠道をしたりして一層労れた。
お山の水はほんたうにおいしかつた、岩の上から、そして樋をあふれる水、それにそのまゝ口づけて腹いつぱいに二度も三度も頂戴した。
野芥(ノケと読む)といふ部落があつた、珍しい地名。
同宿は女の油売、老いた研屋、共に熊本県人、そして宿は屋号が示すやうに熊本県人だ、お互に熊本の事を話し合つて興じた。


昭和8年(1933年)

 一月十三日

ぐつすり寝た、大安眠だつた、これならば大往生も疑ない。
しづかな、あたゝかい寝床を持つてゐるといふことは何といふ幸福であらう(こゝで改めてまた樹明君に感謝する)。
小雪ちらほら、寒くて冷たいが、お天気はよくなりさうだ。
幸雄さんからあたゝかい手紙、あたゝかすぎる手紙がきた。
するめをちぎつてはしようちゆういつぱい、人間ほどヱゴの動物はないと思ふ。
それから街へ出かけてワヤ、たゞし小ワヤ。

  今日の買物
一金九銭    ハガキ六枚
           ┌バツト一
一金十一銭   タバコ│
           └なでしこ一
一金七銭    醤油二合
一金弐十弐銭  焼酎二合
一金四十八銭  白米二升
  合計金九拾七銭也


昭和10年(1935年)

一月十三日 晴れて風吹く。

冷たくて「寒」らしい、冬は寒いのがほんたうだ。
酒と豆腐とがあつて幸福である。
樹明君来庵。
いつしよに出かけてSさんを訪ねる、御馳走になる、それから三人連れで歩く、コーヒー、ビフテキ、コリントゲーム、等、等、等。
ほどよく別れて帰庵。

・家があれば菰あむ音のあたゝかな日ざし
・雑草ぽか/\せなかの太陽
・日向ぬく/\と鶏をむしつてゐる
 夕日のお地蔵さまの目鼻はつきり
 水に夕日のゆらめくかげは


昭和13年(1938年)

一月十三日 曇、折々氷雨。

薄雪、さらさらさら解ける音はわるくない。
今朝は食べるものがなくなつたので、湯だけ沸かして、紫蘇茶数杯、やむをえない絶食(断食とはいへない!)であるが、上海では毎日窮民が何百人も凍死餓死するさうだから、それを考へると、こんなことは何でもない。
午後、寝てゐたけれど、やりきれなくなつて出かける、W店で一杯ひつかけた元気でF店へ行き米を借らうとしたが娘一人で話がまとまらない、さらにN店へ飛びこみ、また一杯ひつかけて、愚痴をならべて主人から米代若干借ることが出来た。……
今年最初の羞恥だ!
米と麦とを持つて戻り、ほつとしてゐるところへ学校の給仕が樹明君の手紙を持つて来た、こたえた、私は何と答へよう、かう書くより外なかつた、それがせいいつぱいの返事だつた。――
……忘れてもゐません、捨てゝもおきません、どうぞあてにしないで待つてゐて下さい。……
あゝ金が敵の世の中である、自他共に誰もが金に苦しめられてゐる、跪いてゐる、あゝ。
うどん一杯、何といふうまいうどんだつたらう!
餅のうまさは何ともいへない!
よく食べてよく睡つた。

   事変俳句について
俳句は、ひつきよう、境地の詩であると思ふ、事象乃至景象が境地化せられなければ内容として生きないと思ふ。
戦争の現象だけでは、現象そのものは俳句の対象としてほんたうでない、浅薄である。
感動が内に籠つて感激となつて表現せられるところに俳句の本質がある。
事実の底の真実。――
現象の象徴的表現、――心象。
凝つて溢れるもの。――


昭和14年(1939年)

一月十三日 晴。

隣家の主人が、朝早くから、しきりに呶鳴つてゐる、これも市井風景のおもしろさだ。
原稿を書きあげて送る、安心と満足、ほつとした。
ケチ/\せずに、クヨ/\せずに。
Yさんから今日も返事が来ない、来なければ仕方がないが、それでよいのであるが、何となく気分が重苦しい。
敬君ひよつこり来訪、酒と下物、そして米代と炭代とを頂戴する、助かつた、助かつた、感謝、感謝。
アルコールのおかげで熟睡した。

・一人は寒い、心が寒い。
・無一物底、雪降りつもる。



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底本:「山頭火全集 第三巻」春陽堂書店 他
   1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
   1989(平成元)年3月20日第4刷
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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やっと日記が昭和何年のものか
明記できるようになりました。

「青空文庫」に感謝します。
本来であれば
もっと詳細に出展を書くべきなのですが
ご容赦ください。

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