山頭火の日記(1/23)放浪者



一月廿三日 雨、曇、何といふ気まぐれ日和だらう。

夜、元寛居で、稀也送別句会を開く、稀也さんは、いかにも世間慣れた(世間摺れたとは違ふ)好紳士だつた、別れるのは悲しいが、それが人生だ、よく飲んでよく話した。

 冷やかに明けてくる霽れてくる
・出来そこなひの飯たべて今日を逝かせる
 寒ン空、別れなければならない
 恋猫の声も別れか
 寒い星空の下で別れる
・重荷おもくて唄うたふ
・ひとりにはなりきれない空を見あげる
 あたゝかく店の鶯がもう啼いて
 よいお天気の山芋売かな
 畑は月夜の葉ぼたんに尿する

稀也さんに、元寛さんへも馬酔木さんへも木葉猿をげ(マヽ)る、そして稀也さんも私も酔ふた、酔うて別れて思ひ残すことなし、よい別れだつた。
裏のおばさんに『あたゝかいですね』といふと『ワクドウが水にはいつたから』と答へる、熊本の老人は誰でもさういふ、ワクドウ(蟇の方言である)が水にはいる(産卵のためである)、だから暖かいと理窟である、ワクドウが水に入つたから暖かいのでなくて、暖かいからワクドウが水に入るのだから、原因結果を取違へてゐるのだが、考へやうによつては、面白くないこともない、私たちはいつもしば/\かういふ錯誤をくりかへしつゝあるではないか。



一月廿三日 雨后晴、泥中行乞、呼子町、松浦屋(三〇・中)

波の音と雨の音と、そして同宿のキ印老人の声で眼覚める、昨夜はアル注入のおかげで、ぐつすり寝たので、身心共に爽やかだ。
とう/\雨になつたが、休養するだけの余裕はないので、合羽を着て八時過ぎ出立する、呼子町まで二里半、十一時に着いて二時半まで行乞、行乞相もよかつたが、所得もよかつた。
呼子は松浦十勝の随一だらう、人も景もいゝ感じを与へる、そしてこの宿もいゝ、明日も滞在するつもりで、少しばかり洗濯をする。
晴れて温かくなつた、大寒だといふのに、このうらゝかさだ、麦が伸びて豌豆の花が咲く陽気だ。
私でも――私の行乞でも何かに役立つことを知つた、たとへば、私の姿を見、私の声を聞くと、泣く児が泣くことをやめる!
中流以上の仕舞うた屋で、主婦も御隠居もゐるのに、娘さん――モダン令嬢が横柄にはじいた、そこで、私もわざと観音経読誦、悠然として憐笑してやつた。
例の鍋とり屋さんとまた同宿、徳須恵では女が安い話を聞かされた、一枚も出せば飲んで食つて、そして抱いて寝られるといふ、あなかしこ/\、それにつけても昨夜のキ印老人は罪のない事をいつた、彼は三十八万円の貯金があるといふ、その利子で遊ぶといふ、わはゝゝゝゝ。
今日は郵便局で五厘問答をやつた、五厘銅貨をとるとらないの問答である、理に於ては勝つたけれど情に於て敗けた、私はやつぱり弱い、お人好しだ。
唐房といふ浦町が唐津近在にある、そのかみの日支通商を思はせる地名ではないか。


一月廿三日

午前は晴れてあたゝかだつたが、午後はくもつて寒かつた、しかしとにかく、好日好事たることを失はない。
朝、紙を買ひにゆく、インフレ景気は私にも影響を及ぼして、紙も二割の値上をするといふ。
三八九印刷終了、揃へる、綴ぢる、なか/\忙しい。
手紙も来なければ人間も来ない、鴉が来て啼くばかり。
夜は餅を焼いて食べた、何とまあ餅のうまいこと。
こゝで私は重大な宣言をする、――今後は絶対に焼酎と絶縁する、日本酒、麦酒以外の酒類は飲まないことにしよう、これも転換の第一歩といへよう。

・霜にはつきり靴形つけてゆく
 小春日の畦をつたうてやつてきた
・冬夜の瞳ぱつちりうごく
 火の番と火の番とぬくい晩である
・あたたかなればよもぎつむ





種田山頭火―漂泊の俳人 (講談社現代新書 363)
講談社
金子 兜太

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 種田山頭火―漂泊の俳人 (講談社現代新書 363) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル



放浪者の多くが
殆ど記録を残さない傾向がある

その中で記録を残した放浪者として
種田山頭火は珍しい存在といえる

日記と書簡 それから句集

この記事へのコメント


この記事へのトラックバック