山頭火の日記(1/8)



一月八日 朝のうちはうらゝかな晴れだつたが、午後は曇つた。
今朝は嫌な事と嬉しい事とがあつた、その二つを相殺しても、まだまだ嬉しさが余りあつた、――といふのは、起きてすぐ前の畠に尿して道を横ぎらうとするところへ、まご/″\走る自動車がやつてきた、彼は巡査だつた、私が尿したのを見たのだらう、そして恐らくは自分のまご/″\を隠すためだらう、そこへ小便してはいかんぢやないか、といひ捨てゝいつた、私は無論何とも答へなかつた、そして彼の没常識を憐んだ、私などはなるたけ小言をいひたくないのに、彼はなるたけ小言がいひたいのだ、とうてい部長にもなれない彼だ、なぜ彼等はあんなにこせ/\するのだらう、――嬉しい事といふのは、郷里の妹からたよりがあつたのだ、ゲルトも送つてくれたし、着物も送つてくれた、私はさつそくその着物をつけて、そのゲルトで買物しい/\歩いた、あゝ何といふ肉縁のあたゝかさだらう!
米を買つた、一升拾六銭だ、米はほんたうに安い、安すぎる、粒々辛苦、そして損々不足などゝ考へざるをえないではないか。
どうも通信費には困る、毎日葉書の五六枚、手紙の二三本書かないことはない、今日は葉書六枚、手紙三本書いた。

・送つてくれたあたゝかさを着て出る(妹に)
 吹いても吹いても飴が売れない鮮人の笛かよ
・向きあつて知るも知らぬも濁酒(ドブ)を飲む(居酒屋にて)
    □
 かきおきかいておいてさうして(述懐)


一月八日 雪、行程六里、芦屋町
ぢつとしてゐられなくて、俊和尚帰山まで行乞するつもりで出かける、さすがにこのあたりの松原はうつくしい、最も日本的な風景だ。
今日はだいぶ寒かつた、一昨六日が小寒の入、寒くなければ嘘だが、雪と波しぶきとをまともにうけて歩くのは、行脚らしすぎる。

・木の葉に笠に音たてゝ霰
・鉄鉢の中へも霰

こゝの湯銭三銭は高い、神湊の弐銭があたりまへだらう、しかし何といつても、入浴ほど安くて嬉しいものはない、私はいつも温泉地に隠遁したいと念じてゐる、そしてそれが実現しさうである、万歳!
この宿もよくない、ボクチンには驚ろくほどのちがひがある、すまないと思ふほど優遇してくれるところもあれば、木石かと思ふほど冷遇するところもある、ボクチンのいゝところは、独善主義でやりぬけるところだらう。
同宿の二人の朝鮮人のうち、老鮮人は風采も態度もすべて朝鮮人的で好きだつた、どうぞ彼の筆が売れるやうに。
もう一人の同宿者もおもしろかつた、善良な世間師だつた、相当に物事を知つてる人だつた、早くから床を並べて話し続けた。
途上で、連歌俳句研究所、何々庵何々、入門随意といふ看板を見た、現代には珍らしいものだ


一月八日 晴、すこし胃が痛む、昨夜の飲みすぎ食べすぎのためだらう。
久しぶりに――八日ぶりに入浴した、二銭五厘の享楽である、からだもこゝろもさつぱりした。
△無理に垢をおとすな、無理におとさうとすると皮をむぐぞ。

 楢の枯葉が声だして日をまねくやうだ
・風を、ぬかるみを、売りにゆく米二俵
 茶の花や蜂がいつぴき
 雑草伸びたまゝの紅葉となつてゐる
 虫がおしつぶされてゐる冷たいページ
・枝をはなれぬ枯れた葉と葉とささやく
・風がきて庭の落葉を掃いていつた
 泥足袋洗ふにぽつとりどんぐり
・落葉踏みにじりどうしようといふのか


一月八日 曇。
あたゝかい冬だが、昨日今日はさすがに寒い。
閑居読書。




昭和初期の日記―なんとなく雰囲気が伝わればと思います。
この日記以前に山頭火がどういう人生を送ってきたかは
なしにこの日記だけから何か伝わるものがあるでしょうか?

少しずつ山頭火のエピソードをまじえながら
展開していきたいと思います。


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底本:「山頭火全集 第三巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
   1989(平成元)年3月20日第4刷
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「騷」と「騒」の混在は底本通りにしました。
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
2010年11月8日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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Excerpt: 今年は山頭火についてブログの記事にしようと思い 倉庫から資料一式を探し出してきました
Weblog: 空気時計を見詰めながら
Tracked: 2011-01-10 17:15