山頭火の日記(1/12)


昭和六年

一月十二日 曇、陰欝そのものといつたやうな天候だ。

外は雪、内は酒――憂欝を消すものは、いや、融かすものは何か、酒、入浴、談笑、散歩、等、等、私にあつては。

 雪の葉ぼたんの枯れるのか
 曇り日の重いもの牽きなやむ
・凍テ土をひた走るバスも空つぽ
・雪ふる何も五十銭


昭和五年9月9日
山頭火は何度目かの旅立ちをする
それまでの日記を燃やし灰となし
行乞がはじまる

 九月九日 晴、八代町、萩原塘、吾妻屋(三五・中)

私はまた旅に出た、愚かな旅人として放浪するより外に私の行き方はないのだ。
七時の汽車で宇土へ、宿においてあつた荷物を受取つて、九時の汽車で更に八代へ、宿をきめてから、十一時より三時まで市街行乞、夜は餞別のゲルトを飲みつくした。
同宿四人、無駄話がとり/″\に面白かつた、殊に宇部の乞食爺さんの話、球磨の百万長者の慾深い話などは興味深いものであつた。


画像


 九月十日 晴、二百廿日、行程三里、日奈久温泉、織屋(四〇・上)

午前中八代町行乞、午後は重い足をひきずつて日奈久へ、いつぞや宇土で同宿したお遍路さん夫婦とまたいつしよになつた。
方々の友へ久振に――ほんたうに久振に――音信する、その中に、――

……私は所詮、乞食坊主以外の何物でもないことを再発見して、また旅へ出ました、……歩けるだけ歩きます、行けるところまで行きます。温泉はよい、ほんたうによい、こゝは山もよし海もよし、出来ることなら滞在したいのだが、――いや一生動きたくないのだが(それほど私は労(マヽ)れてゐるのだ)。


 九月十四日 晴、朝夕の涼しさ、日中の暑さ、人吉町、宮川屋(三五・上)

球磨川づたひに五里歩いた、水も山もうつくしかつた、筧の水を何杯飲んだことだらう。
一勝地で泊るつもりだつたが、汽車でこゝまで来た、やつぱりさみしい、さみしい。
郵便局で留置の書信七通受取る、友の温情は何物よりも嬉しい、読んでゐるうちにほろりとする。
行乞相があまりよくない、句も出来ない、そして追憶が乱れ雲のやうに胸中を右往左往して困る。……
一刻も早くアルコールとカルモチンとを揚棄しなければならない、アルコールでカモフラージした私はしみ/″\嫌になつた、アルコールの仮面を離れては存在しえないやうな私ならばさつそくカルモチンを二百瓦飲め(先日はゲルトがなくて百瓦しか飲めなくて死にそこなつた、とんだ生恥を晒したことだ!)。

   呪うべき句を三つ四つ
 蝉しぐれ死に場所をさがしてゐるのか
・青葉に寝ころぶや死を感じつゝ
 毒薬をふところにして天の川
・しづけさは死ぬるばかりの水が流れて

熊本を出発するとき、これまでの日記や手記はすべて焼き捨てゝしまつたが、記憶に残つた句を整理した、即ち、

・けふのみちのたんぽゝ咲いた
・嵐の中の墓がある
 炭坑街大きな雪が降りだした
    □
・朝は涼しい草鞋踏みしめて
 炎天の熊本よさらば
・蓑虫も涼しい風に吹かれをり
 熊が手をあげてゐる藷の一切れだ(動物園)
・あの雲がおとした雨か濡れてゐる
・さうろうとして水をさがすや蜩に
・岩かげまさしく水が湧いてゐる
・こゝで泊らうつく/\ぼうし
・寝ころべば露草だつた
・ゆふべひそけくラヂオが物を思はせる
・炎天の下を何処へ行く
・壁をまともに何考へてゐた
・大地したしう投げだして手を足を
・雲かげふかい水底の顔をのぞく
・旅のいくにち赤い尿して
・さゝげまつる鉄鉢の日ざかり

単に句を整理するばかりぢやない、私は今、私の過去一切を清算しなければならなくなつてゐるのである、たゞ捨てゝも/\捨てきれないものに涙が流れるのである。
私もやうやく『行乞記』を書きだすことが出来るやうになつた。――

私はまた旅に出た。――
所詮、乞食坊主以外の何物でもない私だつた、愚かな旅人として一生流転せずにはゐられない私だつた、浮草のやうに、あの岸からこの岸へ、みじめなやすらかさを享楽してゐる私をあはれみ且つよろこぶ。
水は流れる、雲は動いて止まない、風が吹けば木の葉が散る、魚ゆいて魚の如く、鳥とんで鳥に似たり、それでは、二本の足よ、歩けるだけ歩け、行けるところまで行け。
旅のあけくれ、かれに触れこれに触れて、うつりゆく心の影をありのまゝに写さう。
私の生涯の記録としてこの行乞記を作る。
………………



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底本:「山頭火全集 第三巻」春陽堂書店
   1986(昭和61)年5月25日第1刷発行
   1989(平成元)年3月20日第4刷
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:さくらんぼ
校正:門田裕志、小林繁雄
2008年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
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Tracked: 2011-01-10 17:15