テーマ:山頭火

山頭火の日記(1/23)放浪者

一月廿三日 雨、曇、何といふ気まぐれ日和だらう。 夜、元寛居で、稀也送別句会を開く、稀也さんは、いかにも世間慣れた(世間摺れたとは違ふ)好紳士だつた、別れるのは悲しいが、それが人生だ、よく飲んでよく話した。  冷やかに明けてくる霽れてくる ・出来そこなひの飯たべて今日を逝かせる  寒ン空、別れなければならない …
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山頭火資料

ネット上で資料を探してみました。   うしろすがたの山頭火/林田鉄のひとり語り Scene.1 うしろすがたの山頭火/林田鉄のひとり語り Scene.2         ドラマスペシャル 山頭火 何でこんなに淋しい風ふく 1989年1…
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山頭火(参考資料)youtubeより

  1882~1940。俳人。山口の生まれ。本名、正一。 地主の長男に生まれたが、生家?破産後出家し、各地を遍歴しながら自由律による句作をした。 句集「草木塔」などがある?。 松山市の一草庵で没する。 ――――――――――――――――――――   ナビゲーターは、まつやま山頭火の会会長 …
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山頭火の日記(1/18-1/22)

昭和7年(1932年)行乞記(二)より 一月十八日晴、行程四里(佐賀県)浜崎町、栄屋(二五・中) 霜、あたゝかい日だつた、九時から十一時まで深江行乞、それから、ところ/″\行乞しつゝ、ぶら/\歩く、やうやく肥前に入つた、宿についたのは五時前。 福岡佐賀の県界を越えた時は多少の感慨があつた、そこには波が寄せてゐた、山から…
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山頭火の日記(1/17)

昭和6年(1931年)「三八九日記」より 一月十七日 晴、あたゝかだつたが、私の身心は何となく寒かつた。 帰途、薬湯に入つてコダハリを洗ひ流す、そして一杯ひつかけて、ぐつすり寝た、もとより夢は悪夢にきまつてゐる、いはゞ現実の悪夢だ。 今日は一句も出来なかつた、心持が逼迫してゐては句の出来ないのが本当だ、退一歩して、回光返照…
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山頭火の日記(1/16)三八九

昭和6年(1931年) 一月十六日曇、やがて晴、あたゝかだつた。 朝、時雨亭さん桂子さんから、三八九会加入のハガキが来た、うれしかつた、一杯やりたいのをこらへて、ゆつくり食べる。…… 午後散歩、途中で春菊を買つて帰る、夜も散歩、とう/\誘惑にまけて、ひつかけること濁酒一杯、焼酎一杯(それは二十銭だけれど、現今の財政では…
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山頭火の日記(1/15)

■昭和6年(1931年) 一月十五日晴、三寒四温といふがじつさいだ。 少々憂欝である(アルコールが切れたせいか)、憂欝なんか吐き捨てゝしまへ、米と塩と炭とがあるぢやないか。 夕方からまた出かける(やつぱり人間が恋しいのだ!)、馬酔木さんを訪ねてポートワインをよばれる、それから彼女を訪ねる、今夜は珍らしく御気嫌がよろしい、裏…
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山頭火の日記(1/14)

昭和6年(1931年) 一月十四日 曇、降りさうで降らない雪模様。しかし、とにかく、炬燵があつて粕汁があつて、そして――。 東京の林君から来信、すぐ返信を書く、お互に年をとりましたね、でもまだ色気がありますね、日暮れて途遠し、そして、さうだ、そしてまだよぼ/\してゐますね。…… 先夜の吹雪で吹きとばされた綿入遂に不…
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山頭火の日記(1/13)

昭和7年(1932年) 一月十三日 曇つて寒かつた、霙、姪ノ浜、熊本屋(二五・中) 東油山観世音寺(九州西国第三十番)拝登。 ・けふは霰にたたかれて 今日は行乞は殆んど出来なかつた、近道を教へられて、それがために却つて遠道をしたりして一層労れた。 お山の水はほんたうにおいしかつた、岩の上から、そして樋を…
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山頭火の日記(1/12)

一月十二日 曇、陰欝そのものといつたやうな天候だ。 外は雪、内は酒――憂欝を消すものは、いや、融かすものは何か、酒、入浴、談笑、散歩、等、等、私にあつては。  雪の葉ぼたんの枯れるのか  曇り日の重いもの牽きなやむ ・凍テ土をひた走るバスも空つぽ ・雪ふる何も五十銭 夕方から熊本へ出かける(こゝも市内だけれど…
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山頭火の日記(1/11)

十一月十一日 晴、時雨、――初霰、滞在、宿は同前。 山峡は早く暮れて遅く明ける、九時から十一時まで行乞、かなり大きな旅館があるが、こゝは夏さかりの冬がれで、どこにもあまりお客さんはないらしい。 午後は休養、流れにはいつて洗濯する、そしてそれを河原に干す、それまではよかつたが、日和癖でざつとしぐれてきた、私は読書してゐて何も知…
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安寧の日記(1/10)山頭火

今年は山頭火についてブログの記事にしようと思い 倉庫から資料一式を探し出してきました ■山頭火のお正月 ■山頭火の日記(1/8)←クリックで移動・以下同様 ■憧憬 ■山頭火の日記(1/9) ■山頭火の日記(1/10) ■山頭火の日記(1/12) ■山頭火の日記(鉄鉢) 春陽堂   山…
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山頭火の日記(1/10)

昭和六年 一月十日 雪が積んでゐる、まだ降つてゐる、風がふく、寒く強く。 近来にない寒さだつた、寒(カン)が一時に押し寄せたやうだつた、 手拭も葱も御飯も凍つた、窓から吹雪が吹き込んで閉口した。 ありがたいことには炬燵があつた、粕汁があつた。 朝湯朝酒は勿体ないなあ。 今日は金比羅さんの初縁日で、おまゐりの老若男女が…
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山頭火の日記(鉄鉢)

さゝげまつる鉄鉢の日ざかり 山の中鉄鉢たゝいて見たりして 鉄鉢、散りくる葉をうけた 鉄鉢の中へも霰 鉄鉢たたいて年をおくる お正月の鉄鉢を鳴らす 春風の鉢の子一つ 秋風の鉄鉢を持つ 汗はしたゝる鉄鉢をさゝげ 鉄鉢の暑さをいたゞく 炎天の影の濃くして鉄鉢も どこ…
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山頭火の日記(1/12)

昭和六年 一月十二日 曇、陰欝そのものといつたやうな天候だ。 外は雪、内は酒――憂欝を消すものは、いや、融かすものは何か、酒、入浴、談笑、散歩、等、等、私にあつては。  雪の葉ぼたんの枯れるのか  曇り日の重いもの牽きなやむ ・凍テ土をひた走るバスも空つぽ ・雪ふる何も五十銭 昭和五年9月9日 山頭火…
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山頭火の日記(1/9)

昭和六年  一月九日 雨、曇、晴、曇、雨。 起きると、そのまゝで木炭と豆腐とを買ひに行く、久しぶりに豆腐を味はつた、やつぱり豆腐はうまい。 あんまり憂欝だから二三杯ひつかける、その元気で、彼女を訪ねて炬燵を借りる、酒くさいといつて叱られた。 帰家穏坐とはいへないが、たしかに帰庵閑坐だ。 昨夜も今夜も鶏が鳴きだすまで…
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憧憬

山頭火の代表的「句」といえば 小学校6年、中学校3年、高校3年 六三三制の学校教育は いわば俳句の五七五と同様に 定型であるもの。 自由律の俳人「山頭火」は その生き方そのものが 非定型である。 確かに成人するまでは ほぼ順当な道を歩んだのかも知れません。 小学校6年、中学校3年、高校…
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山頭火の日記(1/8)

一月八日 朝のうちはうらゝかな晴れだつたが、午後は曇つた。 今朝は嫌な事と嬉しい事とがあつた、その二つを相殺しても、まだまだ嬉しさが余りあつた、――といふのは、起きてすぐ前の畠に尿して道を横ぎらうとするところへ、まご/″\走る自動車がやつてきた、彼は巡査だつた、私が尿したのを見たのだらう、そして恐らくは自分のまご/″\を隠すた…
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山頭火のお正月

1931年 80年前の1月1日 【昭和6年―1931年】 一月一日 雨、可なり寒い。 いつもより早く起きて、お雑煮、数の子で一本、めでたい気分になつて、 Sのところへ行き、年始状を受取る、 一年一度の年始状といふものは無用ぢやない、断然有用だと思ふ。 年始郵便といふものをあまり好かない私は、元日に年始…
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お鍋の季節

鍋の美味しい季節になりました! 博多華味鳥(はなみどり)オンラインショップ (←クリックで移動) 寒い日が続きます。 こんな季節はお鍋で暖まるのが一番! なかなかブログが更新できないので ブログネタを物色中。 本日はその候補として・・・ 行乞記(一) 種田山頭火 昭和5年 十二月廿三日 曇、晴…
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